【がきお物語 第11話】アイロンとがきお
長年仕事人間だったがきおは、心機一転イクメンをめざすことになる。
そのがきおの様子を妻あおむしがほぼほぼノンフィクションでお届けする夫婦愛に満ちた物語。
それが「がきお物語」である。
先日、学生時代の友人Kがぼやいていた。
Kは28歳のとき社内恋愛でひとつ年下の女性と結婚し、まだ小さな2人の子どもがいる。
奥さんは専業主婦だが、週1~2回ほど小遣い稼ぎにパートに出ている。
生活費はもっぱらKの稼ぐお金で成り立っているらしい。
そしてどうやら、Kは奥さんに不満があるようだ。
「オレ、休日はわりと家事育児やってるねん。
子どもの相手はもちろん、掃除洗濯にアイロンがけもしてる。
全然いいんやけど、奥さんから『ありがとう』がない。
やって当然と思われるのは、ちょっと・・・」
とまあ、こういうことである。
言うなればこれは、専業主婦は夫が家事をやることを当たり前と思うべきでないという(自称)イクメンの主張である。
この主張についてどう思うか、朝の身支度を整えているがきおに聞こうとした。
聞こうとしてハッとした。
がきおアイロンかけてる・・・!!
しかも最近この光景が朝の風物詩になりかけている。
あたり前になってきていて、案の定わたしも感謝の気持ちを表していない・・・!!
やっべー、これKの話というより自分の話やん。
がきおが稼ぎ、がきおがアイロンをかける。
我が家はいつの間にこんなことになっていたのだろうか。
記憶をたどれば、がきおが朝はいていくスーツのズボンがしわしわのまま放置されていて、朝大急ぎでアイロンをかけるということが増えたのが原因だ。
がきおもKと同じ不満をもっているのだろうか。
いや、もっているにちがいない。
だって我が家の場合、アイロンがけは確実に専業主婦のわたしの仕事である。
一瞬躊躇したが、意を決しておそるおそる聞いた。
「なんでアイロンかけてんの?」
訳 「専業主婦であるわたしの仕事を一家の大黒柱であるあなたにさせているのはなんとも心苦しいのだけれど、あなたはなぜ文句ひとつ言わず毎日アイロンをかけてくれるの?」
まったく言葉が足りていない上にひねくれた物言いをするわたしにがきおは言った。
「別に誰がしてもええやん」
「なんか不満ないん?」
訳 「本来ならわたしがすべきことをしてくれている上にありがとうも言われないなんて腹がたっても当然だと思いますが、実際のところどう思われているのでしょうか」
ひねくれているどころかなぜか上から目線のわたしに対し、がきおは言葉の真意を読み取りこう返した。
「俺も逐一『今日家事や育児してくれてありがとう』とか言わんし、いいんちゃうん」
小さなギャラリーに見守られながら、がきおはワンピースのプリーツに沿って丁寧にアイロンを滑らせる。
さらにがきおは続けた。
「それに俺、スーツのズボンは折り目に沿ってきっちりアイロンかけたい派やから」
・・・それはディスっているのだろうか?
いやそうだとしてももはやそんなことはどうでもよい。
とりあえず、がきおはアイロンがけに特段不満を抱いていないようだ。
本心はちがうのかもしれないが、あまり人の腹を探るのもよくないのでがきおの言葉を信じることにする。
とにかくこの男は普通の人間ではない。
浮世離れしている。
そうして今朝もファンデーションをはたくわたしのそばで、がきおは折り目にそってスーツのズボンに熱を加えるのだ。
つづく